すぺしゃるなダンシャベリ会 実況その2

2012.10.10

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第4号2012/3/9発行分です。

すぺしゃるなダンシャベリ会
この日は、15名のメンバーさんが
直接、やましたさんの断捨離観に触れた。
それは、ありがたいことだけど、うれしくも怖くもあったようだ。

自分の知らない自分を探求する。
まさに見たくないけど見てしまった・・納戸。
そして見なければならないと分かりだして
やってきたタイミングだった。

世間を気にするあまり、自分の本当の気持ちを
ずっと我慢させてきた、そのことさえも気がついていない。
自分の好きなことをやるならば、エネルギーはどんどん湧いてくるはず。
好きなことなら疲れさえもないはず。
その逆にやらされること、やらなければならないことは疲れる。

人生をそんな風に生きてこなかったか?
「世間は・・。」を基準にやるべきことをやってきた人生ではなかったか?

チーさんは、親の基準や世間の基準からはみだした彼と
別れを決意したものの、事実そうならない。
それで、もんもんと徒労する毎日。
やましたさんの問答で、やっと自分の気持ちに気づいてきた。

モノに例えると、どんなに不格好で、汚れているモノでも、私はそれが好き。
やっぱり、これからも自分の手元に置いておきたい。

好きなることにジャッジはいらない。
自分が好きということに承認をあげていない私。
それは、たまたま、世間(ほとんど親)の基準と違っていただけ。
たまたま過去に、世間からは外れただけ。

まず大切にすべきは、「自分の快・不快、」そう好きか嫌いか!
これが、自分が選び抜いたモノに対する内在智のセンサーの声。
自分の命からの「快」を「世間の目」をもって否定していた。

ここに、同意しなければエネルギーは湧いてこない。
まずは、自分の気持ちを認める。 そこが出発点。
その上で、善意の世間の声に折り合いつけることができるとこも含め
今からどうするか考えていこう。
はい!モノと向き合い、自分に素直に向き合いますと宣言してくれました。

やーちゃんは、モノは感情がないから断捨離できる。
ヒトは、感情があるから断捨離できない・・・・と言い張る。

やましたさん、
本当にそう?モノに感情をつけたから、
あんなに捨てるのに抵抗したんじゃないの?
モノに感情をつけたのはだれ?
そして、もうモノはできたのでしょう? やったじゃない。

そして、いざその断捨離できない人達は好きな人達?
「いいえ、キライです!」きっぱりと・・・おいおい。

何度も繰り返す、断捨離はモノとの関係性を問う。
ヒトも自分とその人の関係性を問う。
常に、自分との関係性を問うこと。

そう、モノとの断捨離は、小学校レベル、
ヒトとのことは中学校、高校レベルかもしれない。
今、小学校を卒業して、次へ進む春休みの最中だね。やーちゃん。
悩む春休みもいいかも。

世間が怖い私達。

断捨離はその観念が、はたして今、自分に有効なのか?
その観念を持ち続けることが自分を損なっていないか意識せよ。と、言っている。

そして、それを検証、持ち替えることができるのは、
トレーニングで筋力がついた自分しかいないのです。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

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