本当は、だれだって「さみしい」

2016.11.2

「寒い。」

と大きめのショールを肩に羽織ったばかり。

 

街で、もうクリスマスソングが流れている。

しかも流れていたのは、

恋人と別れたばかりのクリスマス。

もう、彼はいない・・・クリスマスイブは

ひとりのホワイトイブ・・・みたいな。

 

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やましたひでこ公認

     チーフ断捨離トレーナー檀 葉子です。

 

 

 

 

このクリスマスソングが唱う情景が

「さみしい」という情景なのだろうか?

と、ふと思った。

 

 

 

 

 

今年、頻繁にヒトから聞く言葉は、「さみしい」

「私はさみしい。」

「ずっと、さみしかったのです。」

だから、モノを買うし、モノが捨てられない。

 

 

 

 

そうなのかな〜〜〜。

いつもピンとこない。

 

 

 

 

悩科学者の苫米地英人さんは、著書の中に

「宇宙の存在理由は、さみしいから」・・と書いてあった。

 

 

 

 

「さみしい」の感情は、いろいろなモノを作り出す。

宇宙までも作り出したのでしょうか?

 

 

 

 

まるでさみしかったらいけないみたいに

暗い顔をする。

元気がなくなる。

さみしくていいじゃあない。

そう感じたのなら、そう感じる自分がいるだけで。

 

 

 

 

でもね、私に「さみしい。」

と言っていたダンシャリアンが

断捨離を繰り返したら、なんだかさみしくなくなってきた

満たされた。と報告があります。

逆に、さみしいなんて似合わない人が、

断捨離したら「さみしい」のに気づいた。とも。

 

 

 

 

ずっと,思っていたのは

先日の話題の映画「君の名は?」の中の、

「黄昏時(たそがれどき)」の言葉。

このわずかなの時間帯だけ、二人が時空を超えて出逢える。

その時間を「片割れ時(かたわれどき)」とも表現していた。

 

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私は、瞬間、思ったのです。

私達は、常に自分の「片割れ」を探しているのだな。

 

 

 

 

断捨離でも、もう一人の自分が自分を俯瞰する。

自分の中のもう一人の自分と仲良くなろうと

教わるけれど。

どうしても離れていく、仲良くなれないもう一人の自分(かたわれ)

を探しているのだろうか。

だから、いつも根っこが「さみしい」のだろうか?

 

だとしたら、本当は、だれだって「さみしい」

 

 

 

 

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